アラフォー女性の親のイメージ
「親は孫の顔が見たいというが、アラフォー独身の私。親に申し訳ない。」

「妹は結婚して子供もいる。私も早く結婚して、親を安心させないと。」

独身アラフォー女性の多くが感じる「親に申し訳ない気持ち」

でも、「親のため」と思うその気持ちに、危険信号をともす心理学の巨匠がいます。

一体、どういうことなのでしょうか。

「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない

結婚適齢期を過ぎてなお独身でいると、私たち女性は個人差はありますが「親に申し訳ない」という気持ちを感じるようになります。

そうなると私たちはますます「親のためにも早く結婚しなければ」と思ってしまいがち。

そもそも両親の「結婚してほしい」という期待に応えたいと思うのは、自然なことですよね。

期待に応えるというのは、言い換えれば両親の期待を満たし「よく結婚してくれた」と認めてもらう(承認してもらう)こと。

ごく自然なことのように感じますが、こうした「親のため」と思う気持ちに危険信号をともす人物こそ、フロイトやユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されるアルフレッド・アドラーです。

アドラーはその教えの中で、次のように言っています。

「われわれは、他者の期待を満たすために生きているのではない。」

「他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになる。」

承認されることを願うあまり、他者が抱いた「こんな人であってほしい」という期待をなぞって生きていくことになる。

つまり、ほんとうの自分を捨てて、他者の人生を生きることになる。

親に申し訳ないから結婚するというのは、あなた自身ではなく親の人生を生きることになる。

それがアドラーの教えなのです。

「親のために」の裏側にある承認欲求

ここで少し、今までのあなたの人生を思い返してみてください。

例えば進学先を決めるとき。

「この学校なら両親も喜んでくれるだろう」そう考えたことはありませんか?

就職先を決めるときも同じ。

「この会社なら両親も安心するだろう」と考えたかもしれません。

こうした考えの裏側には、
「ここなら両親の期待に応えて認めてもらえる」
「親孝行者と周りから褒めてもらえる」
という承認欲求のようなものが垣間見えます。

そして、こうした他者(両親)の期待を満たすような生き方をするのは、ある意味でとても楽なもの。

どこかで失敗してしまったとしても、「自分自身で決めたことではない」とその理由を他者のせいにすることだってできます。

親が敷いたレールの上を走ることは、多少の不満はあっても迷ってしまう不安はありません。

そういった意味で楽なのです。

「他者任せ」という責任回避

しかし、このように「両親が敷いたレールの上を走る」ことは本当に幸せなことなのでしょうか。

確かに「失敗したときの責任を他者のせいにできるから、深く傷つくことがない」という意味では、幸せかもしれません。

できることなら傷つきたくない…そう考えるのはとても自然なこと。

でも無意識のうちに、「自分の人生を他者任せにする楽さ」に流されていたとしたら…?

「他者任せにすることで、上手くいかなかったときの責任を回避している」のだとしたら…?

もしかしたら「親のために」と結婚することは、「幸せな結婚生活を送る」ことに対する責任逃れをしているのと同じなのかもしれません。

ではあなたが他者のためでなく、あなた自身のために「幸せ」になるためには、どうすれば良いのでしょうか。

そのヒントになるのが、アドラー心理学における「課題の分離」という考え方です。

課題の分離とは

アラフォー女性が変化するイメージ
アドラー心理学における「課題の分離」とは、「目の前にある課題は、一体誰の課題なのか?」という観点から考えを進めていくもの。

アドラーは「誰の課題なのか?」を見分ける方法として、「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰かを考える」と言っています。

例えば、今、あなたの目の前には「結婚」という課題があります。

結婚するかしないのか、誰と結婚するのかといった選択によって「何らかの結末」がもたらされますが、その結末を引き受けるのはあなた自身。

親が結末を引き受けるわけではありませんよね。

つまり「結婚する」というのはあなた自身の課題なのです。

そして課題を分離した後は「他者の課題には踏み込まない」というのが、アドラーの言う「課題の分離」です。

「結婚する」という課題があなた自身の課題である以上、その課題を解決するのはあなた自身。

親が解決してくれるのでもなく、
もちろん「親のために」解決するのでもなく、
結婚とはあなたが「あなた自身のために」解決すべき課題なのです。

他者の課題を切り捨てる

アドラーは言っています。

「他者の課題に介入する(踏み込む)こと、他者の課題を抱え込んでしまうことは、自らの人生を重く苦しいものにしてしまいます」

「結婚する」というのはあなた自身の課題ですが、いつまでも結婚しない子供に対する気持ちにどう折り合いをつけるかは親の課題。

こうした親の課題まで抱え込んでしまい「いつまでも独身だと申し訳ないから結婚しようかな」と考えるのは、あなた自身の人生を重く苦しいものにするだけだと言うのです。

もちろん、親子だからこそ心配する・心配されて申し訳ないと思う気持ちも分かります。

しかし、親子という非常に近い距離にいる関係だからこそ「もっと意識的に課題の分離をしていく必要がある」とアドラーは言っているのです。

課題の分離は自己中心的ではない

ここで一つ頭に入れておきたいのが、課題の分離をし、他者の課題を切り捨てることは、決して自己中心的な発想ではないということ。

自己中心的な発想というのは、「他者の課題に介入することである」とアドラーは言っています。

他者の課題に介入するということは、「わたし」の思いや考えを「他者」に押し付けるということ。

「他者」の思いや考えをそっちのけにして、「わたし」も思いや考えを押し付けることこそが自己中心的だというのがアドラーの考え方なのです。

「自分の信じる最善の道を選ぶこと」が、あなたにできること

20代、30代を経てアラフォー世代となったあなた。

あなたにできることは「親に申し訳ないから結婚する」ことではありません。

あなたにできるのは「あなたの信じる最善の道を選ぶこと」だと、アドラーは言っています。

そして「その選択について他者(親)がどのような評価を下すのか。これは他者の課題であって、あなたにはどうにもできない話です」とも言っています。

「結婚する」という課題に対して「親に申し訳ない」というところから考えていては、結婚後も「親の期待に応えながら生きていく」ことになりかねません。

あなたが、あなた自身のために、あなたの課題に立ち向かうこと。

それが「自分らしく、本当に幸せになるための第一歩」なのです。